2020年01月26日

最初に買ったパソコンの証書

一番初めに買ったパソコンは、コンパック社のもの。
ソフトウェアは、Windows95か98だった。

当時住んでいたトロントのPCショップで購入したんだけど、3000ドルくらい(かなり高い!)したと記憶する。

こちらは、そのとき付いてきたラベル。

oldpc.jpg

Certificate of Authenticity

一見すると、ソフトウェアのライセンスにも見えるんだけど、これは製品の保証書。
「Authenticity」は、信頼性や信ぴょう性を意味する。ここでは、純正(品)が近いだろうか。

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2014年06月09日

クィーン・ストリートを東へ


晴れて爽やかな日は、クィーン・ストリート(Queen St. East)を東に進んでみるといい。

実際には見えないが、オンタリオ湖を右側に見ながら進むのだ。

途中、道は、キング・ストリート(King St.)と合流する地点で、大きな橋を渡る。

やがて、明るく落ち着いた街並みになり、道沿いにオシャレで味のある店が並ぶ。

楽しい街を抜けると、ストリート・カー(路面電車)の東の終点だ。

ちなみに、湖の方に向かえば、「Beaches Park」の砂浜が広がっている。

道が北へ急カーブする地点。

そこに、なんだか歴史的で、重々しい感じの建物が見えるだろう。

それは、Water Treatment Plant、つまり、浄水場だ。

建物の裏側に腰を下ろして、オンタリオ湖を眺める。

空と雲、カモメ、遠くには船も見える。

若者や家族連れでにぎわうビーチから離れているせいか、辺りは静かだ。

ゆったりとした風に吹かれながら、居眠りするには最高のポイントだよ。
ラベル:トロント
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2013年12月13日

トロントの図書館

多くの移民が暮らす都市トロントの図書館には、英語とフランス語の他にも、たくさんの外国語の本が置いてあり、もちろん、日本語の書籍や新聞・雑誌を置いてあるところもあった。

もっとも有名なところでは、
Toronto Reference Library(Yonge&Bloor)
当時は、「メトロポリタン・ライブラリー」と呼ばれていたと思う。

ちなみに、この付近には食べ物屋も多くて、入口付近にいるホットドッグ・スタンドで買うソーセージとペプシ・コーラ缶、道を挟んで店のあった「サブウェイ」サンドウィッチ、その隣のカフェのベーグル、1ドル99セントのピザ、それから、Hudson's Bay地下街のフードコートにタイ料理屋があって、5ドルくらいのタイ・プレートなんかもよく食べた。

他にも、日本語書籍を置いてある図書館として、
Jane&Dundas,
Yonge&Eglinton,
Yonge&North York
などを覚えている。(ちなみにすべて通り名である)

それから、僕の在住時代の後半は、トロント大学(University of Toronto)の図書館に入り浸っていた。

僕が通っていたのは別の大学だったのだけれど、とくに学生証を見せることなく書庫にも入れてくれたのだから寛大なものだった。また、ここで昼食のホットドッグをかじっている時に話しかけてきた日本人教授とも知り合いになった。彼は、関西の大学で経済学か何かを教えていて、1年間の海外留学中で日本語を恋しがっていたのだ。何度か地ビールをおごってもらい、ご馳走様でした!

言っておかねばならないのは、これらの情報は10年以上も昔のものなので、今の街の様子は同じではないかもしれない。・・・でも、目を閉じるとあの日の街並みが、今でも鮮明によみがえってくるのだ。
ラベル:トロント 図書館
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2013年01月23日

トロントのストリート・ドラマー

トロントの街には、たくさんのストリート・パフォーマー(大道芸よりも音楽系が多い)がいて、YongeストリートとDundasストリートのクロスポイントにも、Mike Taylorという名のストリート・ドラマーがいる。ちなみに、このエリアには巨大な商業施設イートンセンターがあり、旅行者も多くて、道行く人や観客は、彼の演奏に小銭を投げ込むのである。

スティックを回したり、投げたりしながら、路上に置いたドラムセットをリズミカルに叩き続け、だんだん演奏がクライマックスに来ると、周りのゴミ箱、電柱、信号機を叩きはじめる。ときどき、別のドラマーと一緒にセッションすることもある。

僕がトロントで暮らしていた5年間、
あの辺を通るたびに彼のドラムスの音が聞こえていた。
落ち込んでいる時は励まされ、
うまくいっている時は馬鹿にしながら、
彼がパフォーマンスする横を通り過ぎたものだ。

今から14年前に自分が、
ショービジネスの世界から足を洗って、
あの街を出て行った後もずっと、
彼は黙々と叩き続けていたのだ。

そんなことを考えていると、
突然、込み上げてくるものがあった。
それは巨大で、圧倒的に力強い感情であり、
長い間、日々の生活の中で忘れていたものだった。

むしろ、古い旅館の「開かずの間」のように、
あるいは、大魔王を封印していたように、
記憶のずっと奥底にしまいこんで、
二度と開けることを避けてきた領域だった。

不覚にも涙が出た。

・・・「感傷的な文章は腐りやすいぞ!」
とハードボイルドな師匠から怒られそうだが、
たまには、許してほしい。
たまにはネ!

今日も、あのドラマーは街角でドラムスを叩いているのだろうか。
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2010年10月11日

Yuk Yuk's

Yuk Yuk's Standup Comedy Club in Toronto

224 RICHMOND STREET WEST
just west of University Avenue,
between Simcoe & Duncan, on the north side of Richmond.
In the entertainment district.

http://www.yukyuks.com

They moved from Yonge and Eglington,right?
I didn't know that.
In 1997 and 1998,I performed there.
Some scenes with laughs,claps and smokes still be alive in my memories.
ラベル:Toronto
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2010年07月28日

1995-1999,Toronto

tdgs.jpg

Stand up comedy with japanese accent!
ラベル:Toronto
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2006年01月24日

トロント映画事情

僕のいたトロントでは、演劇だけでなく映画も盛んである。
毎年、国際映画祭も開かれている。
日本の映画も招待される。
僕がいたころ、通訳をやった三谷幸喜さんや黒澤清さんなんかが来た。(今は知らないがく〜(落胆した顔))もちろん日本だけでなく、ヨーロッパ、南米、アジア、中東、ロシアなどなど世界中から招待される。この辺は、移民の国である。人脈は広い。

あと、どうのこうのいっても、やっぱりハリウッド・・・アメリカだ。
カナダには、アメリカ製作会社のスタジオがたくさんある。
大きな理由にあがるのは、物価の安さだ。カナダドルは、USドルよりも安い。
そして土地も余っている。人口の割りにね。

カナダの映画界だって、必死に独自性を追い求めていた。
アメリカほど大きく目立ったものではなかったけれど、
歴史的にフランス語圏と英語圏の抗争から生まれた熱さは、
寒さに耐えながら脈々と受け継がれ、また進化していたはずだ。

何がいいって。毎週火曜日は、3,4ドルで映画が観れたのはありがたかった。
映画界だけではないぜ。
びっくりするくらいのビッグネームのアーティストが
その辺の公園なんかで無料で歌ってたのは、すばらしいことだと思う。
そんな環境が人を育てる。
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2006年01月13日

トロントのアルバイト

トロントにいた頃にやったバイトで、
映画やテレビなどのエキストラ出演というのがあった。
キャスティング・プロダクションに所属していれば、
ときどきオーディションなんかの話がくるのだ。

一番高かったやつは、死体役だった。
太平洋戦争を舞台にした映画で日本兵の死体が必要だったらしい。
これは僕本人ではなく、僕の顔や体をかたどったフィギャアを必要とされた。

特殊メイクの工場で、上半身裸になって鼻にストローを刺して石膏で型を取った。
ペタペタ最初は冷たいけれど、だんだん熱くなってくる。
顔や体にオイルを塗ってから石膏をつけていくのだが、
それでも固まって剥がすとき、体毛が抜けて痛かった記憶がある。

二日間通って、一日300ドルくらい貰えたはずだ。(僕は、そのお金で靴を買った手(チョキ)
通行人なんかの募集は、一年中やっているので暇な人はやってみればおもしろいと思う。

今は雲の上の人になってしまったけれど
トム・クルーズだって最初は、
オーディションに行く度に「君に役者は無理だ!」て落とされ続けていたのさ。
あきらめずに続けること。これって大切なんだろうナ。
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2006年01月07日

トロントでダフ屋

日本のコンサートや試合会場にダフ屋がいるように
北米にもダフ屋はいた。

ご存知の通り、僕のいたトロントにはスカイドームという開閉式の球場がある。
そこは、TORONTO BLUE JAYSの本拠地でもある。
よくダフ屋がチケットを売っていた。
やっぱりだみ声で「チケットあるよ〜!」ってかんじでね。
(ちなみに英語では、かれらを”Sculper”と呼ぶ。)

僕らは、自分達のショーで使う面白い映像が欲しかった。

そこで仲間達とダフ屋が野球の試合のチケットを売ってる隣で
「マイクのうちの夫婦喧嘩のチケット100ドル!!」とか
「老人クラブ喉自慢大会のチケット売ります!」などと叫んでいた。
ちなみに僕は、日本語で巨人戦のチケットを叫んだ。
営業妨害なんかは恐れなかった。
なぜなら彼らもまっとうな商売ではないので怒るに怒れないからだ。

グローバル・スタンダードは上層部ばかりじゃない。
社会の底辺や裏側にだって存在するんだよ。

最後に日本語の「ダフ屋」の由来は”札(ふだ)”を逆さから読んでってことらしい。
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2005年12月13日

トロントのハヤブサ

トロントの高層ビルにハヤブサの夫婦が巣を作った。
どこから来たのか定かではないが、
都会のビル群は山脈にある高い木々のようにそびえる。
下界を見下ろし、ツバメやすずめを確認すると急降下して捕らえる。

やがて卵を産み、子供ができた。

夫婦は今まで以上に忙しくなった。
留守を守るほうは、天敵と戦い。
狩りに出るほうは、必ず獲物を捕らえなければならない。

ある日、狩りに出た夫は帰ってこなかった。
その次の日も、ずっと。
それからまもなくして、夫の死体が見つかった。
交通量の多い道路で車とぶつかったようだった。

・・・月日は流れ、新たなハヤブサがトロントに現れた。
ここで生まれた子供たちのようだった。

帰ってきたのだ。そんな話を聞いた。
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本1980年代に子供時代、1990年代に青春時代を過ごした。
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