スティックを回したり、投げたりしながら、路上に置いたドラムセットをリズミカルに叩き続け、だんだん演奏がクライマックスに来ると、周りのゴミ箱、電柱、信号機を叩きはじめる。ときどき、別のドラマーと一緒にセッションすることもある。
僕がトロントで暮らしていた5年間、
あの辺を通るたびに彼のドラムスの音が聞こえていた。
落ち込んでいる時は励まされ、
うまくいっている時は馬鹿にしながら、
彼がパフォーマンスする横を通り過ぎたものだ。
今から14年前に自分が、
ショービジネスの世界から足を洗って、
あの街を出て行った後もずっと、
彼は黙々と叩き続けていたのだ。
そんなことを考えていると、
突然、込み上げてくるものがあった。
それは巨大で、圧倒的に力強い感情であり、
長い間、日々の生活の中で忘れていたものだった。
むしろ、古い旅館の「開かずの間」のように、
あるいは、大魔王を封印していたように、
記憶のずっと奥底にしまいこんで、
二度と開けることを避けてきた領域だった。
不覚にも涙が出た。
・・・「感傷的な文章は腐りやすいぞ!」
とハードボイルドな師匠から怒られそうだが、
たまには、許してほしい。
たまにはネ!
今日も、あのドラマーは街角でドラムスを叩いているのだろうか。